馬肉は、肉質が柔らかく、程よく脂身があり、生でも美味しく食べることができる食材です。馬肉はアジア諸国や欧州でも食文化があり、日本では馬刺しや桜鍋などの料理で大衆的に親しまれてきました。
馬肉の歴史と文化的な影響
馬肉は、日本や韓国、中国、モンゴル国などのアジア諸国のほか、イタリアやフランスといった欧州、カナダなどで食文化があります。
世界の馬肉文化
馬肉の歴史は古く、中国では紀元前から馬肉の食文化の記録が残されています。韓国では、1276年の元の皇帝フビライによる済州占領によって馬が飼育され始め、モンゴル人の影響で馬肉の食文化ができました。
フランスでは、フランス革命後の混乱期に戦場で死んだ馬の食用が許可されたことがきっかけで馬肉が食べられるようになりました。イタリアでは、戦争時に移動手段として使っていた馬を処理するために食用としたことから馬肉文化が広まっています。
日本の馬肉文化
日本での馬肉の食文化に関する一番古い歴史は、日本初の天皇である天武天皇が675年に発布した肉食禁止令によるものです。「牛馬犬猿鶏の肉を食うことなかれ」という内容が発令された記録から、675年頃には日本で馬肉が食べられていたと考えられています。
また、馬肉が日本の郷土料理として広まるきっかけになった人物は、熊本県の初代藩主である加藤清正であると言われています。加藤清正は、1592年の文禄・慶長の役で朝鮮に出兵した際、食料がなくなり仕方なく軍馬を食用にしました。
馬肉が予想以上に美味しく、滋養強壮にも良いことがわかった加藤清正は、帰国後も馬刺しや馬肉を好んで食べるようになり、食用として馬が飼育されるようになりました。 江戸時代には肉を食べる習慣がほとんどなくなりましたが、明治時代に入り、熊本や阿蘇地域では次第に馬肉文化が広まりました。軍馬の産地である阿蘇地域では戦後の食糧難で馬肉を食べ始め、昭和30年代には飲食店でも扱うようになるほど馬肉が広がっています。
日本における馬肉の生産地域
馬肉の生産は日本の各地で行われています。2022年の農林水産省の調査結果による馬肉の生産地域と生産量は次のとおりです。
都道府県 | 生産量(t)/比率(%) | |
1位 | 熊本県 | 2,134t(43.7%) |
2位 | 福島県 | 903t(18.5%) |
3位 | 福岡県 | 577t(11.8%) |
4位 | 青森県 | 570t(11.6%) |
5位 | 山梨県 | 263t(5.4%) |
– | 他都道府県 | 426t(8.7%) |
全国合計 | – | 4,874t(100%) |
馬肉生産量が全国で一番多く、全体の約40%の割合を占めるのが熊本県です。2位以降に続く福島県、福岡県、青森県、山梨県までの上位5県の馬肉生産量を合算すると、全国生産量の90%ほどのシェアを占めていることがわかります。
日本の馬肉の生産方法
日本で馬肉となるのは、馬肉の産地である熊本などの土地で生まれ育った馬や、カナダや北海道など、他の土地で生まれてから産地である牧場に仕入れられた馬です。馬が牧場に仕入れられると、出荷される大きさに成長するまで肥育されます。
馬はデリケートで頭が良い動物であり、ストレスを感じると肉質にも影響します。牧場では馬一頭一頭の体調管理や、餌・水分量の調整、馬が心地よく過ごすための風通しの良い厩舎(きゅうしゃ)の設置などを行い、馬が快適に過ごせる環境を整えています。
馬に与える餌は、麦やとうもろこしなどの穀類や牧草、大麦やそば殻、エゴマ、一般麩などです。餌の種類やブレンド方法は各牧場で異なります。餌を与えるタイミングやブレンドの割合などが馬の肉質に直接影響するため、各牧場では馬の状態を見極めながら餌を馬に与えています。
馬は一定の体重まで成長すると、食用にするために屠畜(とちく)されます。屠畜とは、食肉用の家畜を殺すことです。屠畜後は馬肉を部位に分けて解体し、冷凍処理が行われます。馬肉は生で食べることがあるため、冷凍処理が義務付けられています。
馬の品種の違い
日本では、重種馬と軽種馬という品種が流通しています。重種馬は出荷時の重量が800kg〜1tほどになる大型の品種です。馬肉の生産量が1位である熊本県では重種馬を生産しています。重種馬は、柔らかな食感や美しい霜降り、濃厚な甘味が特徴です。
軽種馬は、競走馬のサラブレットになるような馬であり、出荷される段階で600kg前後となる品種です。熊本の次に馬肉の生産量が多い福島県では、軽種馬を中心に生産しています。軽種馬は重種馬と異なり、あっさりとした淡白な味わいが特徴であり、肉の赤みが好まれています。
馬肉の食べ方
馬肉は日本のほか、世界各地でも食べられています。日本や世界各地での馬肉の調理法をご紹介します。
馬刺しなどの生食
馬肉は生食が可能です。馬は牛や豚などと比較すると体温が高いことや、食事で反芻をしないことから、体内に菌を保持しにくいためです。日本以外でも韓国最南端に位置する済州島やイタリアで馬肉を生で食べる文化があります。
馬肉を薄く刺身状に切り生で食べる馬刺しは、馬肉の代表的な食べ方です。ロースなどの霜降りやもも肉などの赤身のほか、レバーやタンなどの部位も使われます。
馬刺しは、おろししょうが、にんにく、薄切りのたまねぎと一緒に甘口の醤油をつけて食べる熊本県の食べ方が最もポピュラーとなっています。しかし、福島県では、唐辛子と味噌を混ぜて作った辛味噌を馬刺しにつけて食べるなど、同じ日本でも地域によって異なります。
また、馬刺し以外にも生食する馬肉のメニューがあります。韓国では、馬肉を使用したユッケ、イタリアでは、生の馬肉をパンに挟み、マヨネーズやケチャップで味付けをして食べるパニーノが好まれています。熊本でも、馬肉を細かく刻み、納豆に加える桜納豆という食べ方があります。
煮込み料理
馬肉は煮込み料理にも用いられます。長野県では、馬の腸をじっくり煮込んで作る「おたぐり」という郷土料理があります。モツ煮のように刻みネギや唐辛子などの薬味と一緒に食べられています。
また、ワインの生産量が多いイタリアでは、馬肉を赤ワインやトマトソースで煮込む料理があります。肉を叩き、薄くしてからリーズを巻いてロール状にしたものが煮込まれます。韓国には、馬スジの煮込み料理があります。
桜鍋などの鍋料理
馬肉は鍋料理にも使用されます。桜鍋は、馬肉を使い、すき焼きのようにして食べる料理です。味噌仕立てのスープで馬肉やネギ、白滝、麩、豆腐などの具材を煮て、卵に浸して食べます。また、馬肉をしゃぶしゃぶのようにスープにくぐらせて食べることもあります。桜鍋は東京下町のほか、青森や長野、熊本といった馬肉の産地でも食される伝統料理です。
なお、青森県では源義経に因み、桜鍋ではなく義経鍋と呼びます。義経鍋では、中心に鍋部分があり、囲むように鉄板が付いた鍋を使い、鉄板部分で馬肉の焼き肉も楽しみます。鍋にはごぼうやネギを一緒に入れて煮込み、鍋の後にはせんべいやうどんを入れる味わい方が一般的です。
焼肉などの焼き料理
柔らかく脂の旨みがある馬肉は、焼肉やステーキなどの焼き料理でも楽しめます。焼き料理では、馬のバラやカルビ、ハラミ、サガリ、大トロなどの部位が用いられます。塩をつけて食べると馬肉の脂の味を楽しみやすくなります。
韓国では、馬肉のサーロインステーキをサムギョプサル風にして食べることもあります。